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東京高等裁判所 昭和30年(ラ)801号 決定

抗告人 柴山格太郎

相手方 井上当蔵

主文

原決定を取消す。

本件異議申立を却下する。

異議申立並びに抗告の費用は相手方の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、抗告人は、抗告人を債権者、ブリテイツシユ、オーバーシーズ、エヤウエイズ、コーポレーシヨンを債務者とする東京地方裁判所昭和三十年(ヨ)第一六六〇号仮処分決定正本に基き、東京地方裁判所執行吏西川筆義にその執行を委任し、同執行吏は昭和三十年三月三十日別紙目録〈省略〉記載の家屋に対し執行を実施したところ、これに対し、相手方から執行方法に関する異議の申立があり、同裁判所昭和三十年(ヲ)第五八三号事件として同裁判所は右仮処分執行を許さないとの決定をなしたのであるが、(一)、同決定は事実の誤認がある。すなわち、右決定は、萩原信子の審訊調書により、前記家屋から仮処分債務者は昭和三十年二月二十日頃退去し、同年三月三十日には既に相手方井上当蔵が占有していたことが認められると認定したが、右萩原の陳述は虚構であつて事実ではない。井上が右家屋を占有するに至つたのは早くて同年三月三十一日以後のことに属し、同月三十日抗告人が執行するに至るまでは仮処分債務者の占有にあつたことは間違のない事実である。仮処分債務者の使用人と自ら称した萩原信子その人のその旨の陳述に基き執行吏西川筆義は執行調書を作成したものである。(二)、右決定はその審理に粗漏遺脱がある。すなわち、右決定によれば、裁判所はひとり萩原を審訊し、執行吏西川を審訊した跡がない。右萩原の陳述の信憑性は右西川を審訊することにより自ら明らかになつたであろう。又執行立会人である債権者代理人松本弁護士の審訊によつても然る筈であつた。萩原は、審訊に当り、右三月三十日当時も井上の使用人であつたと供述するものの如くであるが、井上の前居所である鎌倉においても亦その後の居所である前記家屋の所在場所においても住民登録を有せず、したがつて主食の配給をこれらの場所で受けて居らぬものである。使用人にしてそのようなことがあり得るかどうかは見易い理である。裁判所は、異議申立を直ちに却下せざる限り、右萩原が何人の使用人であつたかにつき、職権により更に調査し、真実の発見に努力を試むべきであつた。よつて「原決定を取消す。本件異議申立を却下する。」との決定を求めるため、本件抗告に及んだというにある。

案ずるに、職権による証拠調を原則として廃止した現行民事訴訟法の下においては、第一審裁判所は、決定を以て完結すべき事件につき口頭弁論をなさない場合は、同法第一二五条第二項によりただ当事者を審尋することができるだけであつて、当事者以外の者を職権で審尋することは違法であると解すべきである。本件記録によれば、原審は前記同庁昭和三十年(ヲ)第五八三号執行方法に関する異議申立事件について、該事件の当事者でない萩原信子を職権で審尋していることが明らかであり、原決定によれば原審は右萩原信子の審尋の結果を原決定の資料として採用していることが明瞭であるから、この点において原決定の手続は違法といわざるを得ない。ところで原決定によれば、原審は右萩原信子の供述のほか異議申立人たる井上当蔵の提出した証拠書類をも原決定の基礎として採用していることが明瞭であるから、右書類の証拠力について考えてみるに、本件記録によれば、右書類は執行吏西川筆義作成の不動産仮処分調書と対比して考えると、これだけでは、本件仮処分執行の実施された昭和三十年三月三十日当時において、既に前記仮処分債務者は別紙目録記載の家屋より退去していて、異議申立人たる井上当蔵が右家屋を占有していたとの主張事実を肯認するに足りない。他に該事実を窺うべき資料は本件記録には存しない。しからば本件仮処分執行に対し相手方井上当蔵のした前記執行方法に関する異議申立を是認した原決定は、これを取消し、右異議申立を却下するを相当とすべく、したがつて本件抗告は理由あるに帰するから、右異議申立並びに抗告の費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 柳川昌勝 村松俊夫 中村匡三)

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